「人に伝えたい話をブログに書く」という話を見たんだが、最近、それを聞いて思い浮かぶ人がいない。理由はわからないが。まあこういうのは「わからない」と言ってるとそのうち分かったりする。
未来の自分に伝えたい話をブログに書く?
この話をして一つ思ったのは、「未来の自分に伝えたい話をブログに書く」というパターンもあるな、と思った。それは以前自分が別の記事に書いたことがある。その記事を探してみる。これだ。
はい。一度説明を試みたことがある、というのは未来につながる話をしていた。まあ、そうですね。はい。
そういう意味で言うと「人に伝えたい話が思い浮かばない」と言う理由を考えて書いてみよう。
人に会わなくなった?
すぐに思い浮かぶ理由は「人に会ってないから」である。 新しい人に会ってないし、別に説明することもないので、人に伝えることがなくなっていて、その結果、伝えたい話も思い浮かばない、である。
少し考えた後に、この理由は違うような気もしてきた。なぜなら、全く人に会ってないわけではないし、勉強会で人に会うこともある。自分が知っている情報を説明していない人なんてたくさんいる。
説明する必要がなくなった?
その次に思い浮かんだのは、「説明する必要がないから」である。 人にあったとしても説明する理由がなければ、説明しないことがあるのではないか。必要なら説明しているだろう。必要性が少なくなっているから説明する機会も減っているんだ、と言う話。
これも、考えてみたけど、違う気がしている。必要性の話ではなくて、意欲の話をしているので、必要じゃなくても説明したいことが以前はあった気がしている。
特に何も思い浮かばないので、AIにブレストさせてみよう。
情報の鮮度感が薄れているのでは?
一度自分の中で整理した知識や経験を他の人に話したい衝動が弱くなるのではないか、と言う話。 まあ、それはあるっちゃある。というか、とりあえず書きたくなった情報をとりあえずAIにつっこんでいることがいるし。
説明する前に自己整理できるようになったのでは?
前はブログを書きながら頭を整理していたが、経験によって書かなくても整理できるようになったのでは、と言う説。 まあ、これもあるといえばある。以前は、ブログに書きながら整理していたが、AIに突っ込んで整理することが以前より増えた。
育児・勉強・仕事など、自分の足場の話が多いのでは?
自分自身の足場を整える意識が強いから、外部発信よりそっちの方が優先度が低いのでは。と言う説。 まあ、そうですね。それはある。あるんだけど、あんまりしっくりはこない。
伝える相手が人間からAIに変わったのではないか?
AIにブレストさせている時点で、伝えたい相手が人間からAIに変わっていないか?と言う説。 まあ、それは割とある。というか、かなりある。 元々、自分が考えていることの感想を誰かにもらいたいからブログを書き始めたようなところがある。しかも、AIが登場する数年前は、インターネット上に情報が多すぎて、自分のブログに感想をもらうのは難しくなったよな、と言う話を友人としていたことすら覚えている。
なので、とりあえず書いた文章をAIに入れてそれで考えを深めようと、しているケースが割とある。で、それでぼちぼち満足していたこともある。
とはいえ、今ブログを書いている理由は?
実は、情報を入れる相手が人間からAIに変わったが、AIに情報を入れ続けていたら、なんかそれが飽きてきたのはある。なんか情報がどんどんAIに吸い込まれていって、それだけになっている感じがあるというか。
ブログを書くと情報が積み上がる感じがあるんだが、AIに情報を入れても積み上がっていく感じがしない。だから、とりあえず暇つぶしで情報を入れる場所はAIじゃない気がするな、と思っている。
ああ、分かった。だから私は、暇つぶしのために何かを書いていきたいんだな。