僕と音楽制作とWeb

僕と音楽制作とWebの話をします。

幼少期(1989年 ~ 2002年)

自然が身近な家で育つ

  • 和歌山県で生まれ、音楽をほとんど聞かない家庭で育った。親父は山育ち。実家は建築の自営業を営んでいた。
  • オーディオプレイヤーも楽器もなかった。遊び場は山や川。山を探検したり、秘密基地を作ったり、釣りをしていた。

中学校前半(2002年 ~ 2004年)

インターネットと出会う

  • 中学の頃、自宅に来たPCでインターネットをした。これがインターネットとの出会いだった。
  • ハンゲームというネットゲームにハマった。ゲームしながらチャットをし続けた。ブラインドタッチを習得し、「プログラミング」というものの存在を知った。

中学校後半(2004年 ~ 2005年)

ギターに興味を持つ

  • 中3で同級生がギターを弾いているのを見た。「カッコいいので自分もやりたい」と感じた。
  • 高校受験終了後、ばあちゃん家の物置からギターを発掘し、独学にて練習を開始した。

高校一年生ごろ(2005年頃)

音楽の友人を増やし始める

  • 高校に進学したが、けいおん部はなかった。中学までの友人で楽器をしてえる人もいなかった。
  • 地元のライブハウスで学外のバンドマンと友人になっていった。

高校二年生ごろ(2006年頃)

ギターを練習し、学外活動へ進む

  • 地道に練習とギター談義を繰り返した。ライブハウスつながりの知人から声がかかり、学外でのコピーバンド活動を開始した。
  • ライブハウスでライブやローカルフェスへの出演。野外イベントなどを経験した。
  • 学校では文化祭ライブを企画し、友人たちと共に自分たちでPAを手配してイベントを開催した。

初めての作曲と友人への公開とトラウマ

  • 友人のバンドがオリジナル曲を制作していたことを見て、自分も曲を作る。
  • 作詞作曲を行い、バンドメンバーに披露するが、メンバーから「よくわからない」との声が集まりお蔵入りする
  • 自信作が理解されなかったことがトラウマとなり、数年間、作曲が怖くなる。

高校三年生ごろ(2007年頃)

打ち込みドラムを始める

  • 高校1年, 2年で、自分主体でバンドを立ち上げようとしたが、田舎ということもあり、ドラマーが見つからない。
  • 高校3年の頃に、打ち込みドラムの存在を知り、独学で打ち込みを始めた。
  • コピーバンドながら打ち込みでリズムパートを作って練習・ライブをした。

音の仕組みや音楽機材に興味を持つ

  • 学業の面では、身近な仕組みの理解が好きだった。特に電気、音や波について学び、身近な現象を説明できることのが嬉しかった。
  • 音楽機器やコンピュータにも興味を持った。独学で機材知識や音響、音の仕組みや認知の勉強を進めていった。

DTMに興味を持つが、コンピュータ知識でつまづく

  • 打ち込みを始めると、PCを使えば一人で音楽が作れることに気付く。
  • 独学でDTMを学び、音楽制作を始めようとするが、コンピュータ関係の用語がわからずつまづく。
  • 2chのDTM板に張り付き始めるが、専門用語が多く、理解に苦しむ。

音楽とコンピュータを学ぶために大学へと進学する

その後、次のようなことを考え、大学に進学することにした。

  • 自分は音楽とコンピュータについて興味があるし、学びたい。
  • 音楽に軸足をおくほど自分の音楽センスに自信はない。周囲の理解もない。
  • 周囲の期待に応えたい。周囲の人は大学進学を期待している。

大学一年生(2008年頃)

独学中心で音楽と機材と心理学を学ぶ

教授の退職宣言から独学中心の学習に切り替える。

  • 同志社大学の理工学部 インテリジェント情報工学科に進学して、京都で下宿生活を始める。
  • 専門の教授の退職宣言が発表され、大学に来た理由の一つを失う。
  • 独学で、コンピュータの仕組みやハードウェア、音響信号、認知心理学について学び始める。

軽音サークルでPAを経験する

PAを経験したあと、レコーディング方面の知識や経験に方向転換する。

  • 軽音サークルに入り、同時に学外でのバンド活動にも取り組む。
  • 大学の軽音サークルでPAを担当したり、大学のホールのPAのバイトすることで音楽機材への知識/経験欲を満たす。
  • 活動の中で、「自分はライブより収録の方が好き」だとことに気づく。

大学二年生(2009年頃)

専門学校生との出会い

レコーディングエンジニアを目指して大学を辞めて専門学校に行くか悩む。 専門学校に通う学生と話した大学に通いつつ独学を進めることにする。

専門学校に行く事はやめた理由は二つ。

  • 専門学校の教科書のレベルがあまりに低く見えた(自分が独学で既に学んだ内容ばかりに見えた)
  • 学生の意識があまりに低く見えた(専門学校に通っていれば無条件でプロになれると思っている)

この判断については、後日談があるが別の機会に書く…

ギターとバンド活動に打ち込む

学業よりバンド活動の方に重心がある生活を送っていた。

  • 朝から晩までギターの宅録をした。
  • 機材購入費用とバンド活動費用のためにバイトをする大学生活を送った。

この頃、ESP SNAPPER-CTM24-FRを24回払いのローンで購入したり、ギターのラックシステムを組み始めた。 複数のバンドを掛け持ちしており、週に数回リハーサルスタジオに入り、隔週でライブをするようなスケジュールで活動していた。 ニコニコ動画にもハマり、弾いてみた動画をあげることもあった。

大学三年生(2010年頃)

レコーディングエンジニアのお手伝いスタッフを始める

家庭の事情で大阪で下宿することとなった。 レコーディングエンジニアの道を模索していたこともあり、大学に通いつつ、見習いをさせてくれるレコーディングスタジオを探した。 とあるスタジオにて、週1のお手伝いスタッフをさせてもらえることとなり、数ヶ月通い始めた。

レコーディングエンジニアに失望する

そこで指示通りに音を録ることを求められるレコーディングエンジニアを見て驚いた。 自分は、エンジニアは音響面から作品を高める意見を言う仕事だと思っていたのでガッカリした。 スタジオに出入りしていたミュージシャンから「君がなりたいのは、レコーディングエンジニアではなく、サウンドプロデューサーではないの?」と言われ、「サウンドプロデューサーになるにはどうすればいいか」を考え始めた。

所属バンドの音源を自主制作する

自身の所属するバンドのオリジナル楽曲をセルフレコーディング&セルフミックスした。 収録の際、自分で機材選定からマイキング、収録、サウンドディレクションからミックスまで一気通貫で対応した。 自分たちの楽曲をWebで配信した。

この頃、「自分のバンドを自分でサウンドプロデュースして成功させる」がサウンドプロデューサーになるi唯一の道だと考えていた。

バンドを辞める決断を行い、卒業後の進路を決める

大学三年も秋になり、卒業後の進路について考え始めると、次の理由からバンドを辞めて自分が得意な分野で就職する方向に進むこととした。

  • 自分が所属バンドの成功を信じられない。(メンバー入替があったり、意識に乖離があったり)
  • ニコニコ動画などでプロ並のアマチュアが登場していて、バンドのみが成功の道ではない。
  • 自分が得意な分野で就職して、収入を安定させた方が自分に必要な機材も買えるし、音楽活動しやすい。

なお、この時点ではコンピュータに関する理解が自分の得意分野だと考えていた。

大学四年生(2011年頃)

自分の情報系としてのレベルの低さに気づく

バンドを辞めて、厳しいと言われる研究室に入った。 そこで色々と自分の情報系大学生としてのレベルの低さに気づいた。

前提

  • 授業課題は余裕だと思っており、自分のスキルが低いとは思ってなかった。
  • 大学の授業課題以外は基本的にプログラミングをしていなかった。(必要がないと思っていた)

実際

  • 授業課題は優秀な学生向けのものではなく、出来ない学生向けのものだった。
  • 優秀な学生は、授業外の活動で経験値を稼いでいた。
    • 自らWebサービスを開発していた
    • コンテストに出場していた
    • IT企業でアルバイトした

以前、自分がレコーディングエンジニアの専門学校生に抱いたがっかりを逆の立場で体現していることに気づいた。 就職する前に、もっとプログラミングのスキルを高めたいという気持ちも高まり、大学院への進学を決めた。

優秀な学生に追いつけないことに気づく

情報系の大学卒というには恥ずかしいスキル状況だとも気づき、研究室に泊まり込みで勉強を進めたが、しばらくして次にことに気づいた。

  • 焦って同じことを勉強しても優秀な学生に追いつけない。(彼らも勉強し続けているので)
  • さほど興味がない分野について長時間勉強しても伸びない。(すぐ疲れて、すぐに休憩するので)

ここから、音楽とコンピュータの合わせ技で戦う方向を模索し始め、その方向で大学院を探し始めた。

平行して、サウンドエンジニアを続ける

この頃、大学三年生の頃にWeb配信した音源を聴いた友人バンドからレコーディングの依頼が舞い込んだ。 夏ごろから「6ヶ月連続で毎月1曲制作し、Youtubeで配信する」というプロジェクトのサウンドプロデューサー兼レコーディングエンジニアを担当した。 時には自分がギターを弾いたり打ち込みを提供しつつ、無事に完走した。

大学院一年生(2012年頃)

音楽とコンテンツデザインについて学ぶ

関西学院大学 大学院 理工学研究科 情報工学専攻として大学院に進学した。 音楽とコンテンツデザインと心理学の研究室でだった。 大学院1年目は音楽情報処理分野の分析に関する先行研究をひたすら調査し実装しつつ、研究テーマを模索する年となった。

Webサーバーホスティング会社でアルバイトする

同時に、IT企業でのアルバイトを始めた。漠然と「Webが面白そう」という印象を抱いており、Webに関係する企業を探した。 そして、ホスティングサービス エックスサーバーを運営するエックスサーバー株式会社で約2年アルバイト勤務し、Webに関する知識や経験を蓄えた。

平行してサウンドエンジニアを続ける

また、Youtube配信した音源を聴いた別の知人バンドからミニアルバムのレコーディング依頼が舞い込んだ。 研究活動と平行して進め、6曲入りのミニアルバムを完成させた。

大学院二年生(2013年頃)

音楽とコンピュータと分析技術を利用した研究を行う

教授の厚意もあり、ヤマハ株式会社との共同研究テーマを担当することになり、一年間研究を進めた。 研究成果は一年後「歌唱のグルーブ感の構成要因の分析」という名称の論文で発表した。 ここまでの自分の知識を結集した研究となった。

  • 音楽理論や音楽の専門家の意見を参考にした研究仮説(利用に音楽理論の知識が必要)
  • プロの歌唱者を招いたレコーディングを伴う研究(DAWの知識が必要)
  • 音響信号を分析する研究(数学知識が必要)
  • Webを利用した一斉聴取実験を使う研究(Webアプリ実装/構築技術が必要)

音楽ユニットを組むがうまくいかず解散する

自身の音楽活動としても、ボーカルを募集してユニットで、音源制作を始めていた。 しかし、研究活動・アルバイトを平行して自身の制作を進めることができなかった。 翌年、単独でストリートライブを続けていたボーカルが事務所にスカウトされたことでユニットは解散した。

社会人1年目, 1社目1年目(2014年)

後でかく。

社会人2年目, 1社目2年目(2015年)

後でかく。

社会人3年目, 1社目3年目(2016年)

後でかく。

社会人4年目, 2社目1年目(2017年)

後でかく。

社会人5年目, 2社目2年目(2018年)

後でかく。

社会人6年目, 2社目3年目(2019年)

後でかく。

社会人7年目, 2社目4年目(2020年)

後でかく。

社会人8年目, 2社目5年目(2021年)

後でかく。